活動報告・業績
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急性リンパ性白血病に対する治療薬のゲノム薬理学的な効果を解明 ―個別化治療への道を拓く成果―
掲載論文
【題 名】 Association of aberrant ASNS imprinting with asparaginase sensitivity and chromosomal abnormality in childhood BCP-ALL
【著者名】 Atsushi Watanabe, Kunio Miyake, Jessica Nordlund, Ann-Christine Syvänen, Louise van der Weyden, Hiroaki Honda, Norimasa Yamasaki, Akiko Nagamachi, Toshiya Inaba, Tomokatsu Ikawa, Kevin Y. Urayama, Nobutaka Kiyokawa, Akira Ohara, Shunsuke Kimura, Yasuo Kubota, Junko Takita, Hiroaki Goto, Kimiyoshi Sakaguchi, Masayoshi Minegishi, Shotaro Iwamoto, Tamao Shinohara, Keiko Kagami, Masako Abe, Koshi Akahane, Kumiko Goi, Kanji Sugita, Takeshi Inukai
【掲載誌】 Blood (2020) 136 (20)
(公開サイト:https://ashpublications.org/blood/article/136/20/2319/461098/)
山梨大学医学部小児科学講座と社会医学講座の共同研究チームは、スウェーデンのUppsala大学と英国のWellcome Sanger研究所をはじめとする国内外の研究施設との国際共同研究によって、小児がんで最も多い急性リンパ性白血病に対する基本治療薬であるアスパラギナーゼの作用を、ゲノム薬理学的に明らかにしました。
研究成果のポイント
1.急性リンパ性白血病のアスパラギナーゼ感受性が、アスパラギン合成酵素遺伝子の不活性化と関連することを明らかにしました。2.急性リンパ性白血病の治療成績は、それぞれの症例の白血病細胞が持つ染色体異常のタイプと強く関連していますが、白血病細胞におけるアスパラギン合成酵素遺伝子の不活性化状態が、その染色体異常のタイプと強く関連していることが分かりました。
3.アスパラギン合成酵素遺伝子は、太古に哺乳類が進化して胎盤形成できるようになった過程で獲得したウイルス由来遺伝子(PEG10)と隣接していますが、その不活性化状態がPEG10遺伝子の不活性化状態と強く相関することが明らかになりました。
4.白血病細胞のアスパラギン合成酵素遺伝子の不活性化状態を評価することで、それぞれの症例におけるアスパラギナーゼの効きやすさを予測することが可能となり、より効果的で安全な治療法の確立へと繋がることが期待されます。
研究の背景
小児がんで最も多い急性リンパ性白血病の治療成績は飛躍的に向上し、約9割の患者さんで完治が得られるようになりました。その治療は、作用機序の異なる複数の化学療法剤を組み合わせた多剤併用化学療法が基本です。それぞれの患者さんにおける個々の化学療法剤に対する感受性を事前に予測することができれば、より効果的で安全性の高い治療が可能になると期待されます。
アスパラギナーゼは、急性リンパ性白血病の化学療法における最も重要な薬剤の1つです。1978年にアメリカ食品医薬品局(FDA)の認可を受けて以来、今も全世界で広く使われています。小児の急性リンパ性白血病の完治率は、本剤の導入以前は50%前後でしたが、1980年代に治療に本剤が導入されたことによって70%を超えるようになりました。現在でも、アスパラギナーゼの投与を副作用のために途中で止めざるを得なくなった症例では、治療成績が低下することが報告されています。
アスパラギナーゼは、アミノ酸の1つであるアスパラギンを分解する酵素製剤です。正常の血球細胞では、アスパラギン合成酵素の作用でアスパラギン酸からアスパラギンを再合成することができます。これに対して、急性リンパ性白血病の白血病細胞では、アスパラギン合成酵素の遺伝子が何らかの仕組みで不活性化されています。このために、アスパラギナーゼの作用で血液中のアスパラギンが枯渇すると、タンパク合成に障害をきたして細胞死が誘導されることで治療効果が発揮されます。しかし、どのような仕組みで白血病細胞のアスパラギン合成酵素遺伝子が不活性化されているのかは、明らかにされていませんでした。
山梨大学小児科学講座の研究チームは、多くの白血病細胞株(培養フラスコの中で増殖し続ける白血病細胞)を樹立してきました。加えて、神奈川県立こども医療センター、東北大学小児科、三重大学小児科、広島大学原爆放射線医科学研究所などの国内外の研究者からも多くの細胞株の提供を受けて、世界でも最大規模の白血病細胞株バンクを構築しています。その上で、これら白血病細胞株をモデル実験系として、薬剤感受性における分子遺伝学的な解析を行ってきました。一方、山梨大学社会医学講座の三宅邦夫准教授は、遺伝子の不活性化の代表的な仕組みであるメチル化、中でもインプリンティングと呼ばれる現象の解析を行ってきました。白血病細胞でも多様な遺伝子がメチル化によって不活性化されていることから、白血病細胞の化学療法剤に対する感受性においても、遺伝子のメチル化状態が影響している可能性が想定されます。そこで、小児科学講座と社会医学講座は共同研究チームを構成し、研究を進めていました。今回、アスパラギン合成酵素遺伝子の発現調整領域において、メチル化による不活性化を受けやすいCpGアイランドと呼ばれる塩基配列が存在していることに着目し、そのメチル化状態とアスパラギナーゼ感受性との関連性を解析しました。研究の成果
83株の多様な急性リンパ性白血病細胞株において、アスパラギン合成酵素遺伝子の発現調整領域にあるCpGアイランドのメチル化状態を、次世代シーケンサーで評価しました。その結果、白血病細胞が2つずつ持っているアスパラギン合成酵素遺伝子が、両方とも完全にメチル化を受けている(どちらのスイッチもオフになっている)場合、1つのみ完全にメチル化を受けている場合、両方とも完全にメチル化を受けていない(どちらのスイッチもオンになっている)場合の、3パターンに分けられることが判明しました。一方、理化学研究所のチームから提供を受けた、様々な分化段階にある正常の血球細胞においては、アスパラギン合成酵素遺伝子は両方ともメチル化されていない(スイッチがオンになっている)ことも確認できました。
急性リンパ性白血病細胞株のアスパラギナーゼに対する感受性を解析したところ、アスパラギン合成酵素遺伝子が両方ともメチル化を受けて不活性化されている細胞株が極めて高いアスパラギナーゼ感受性を示しました(図)。また、急性リンパ性白血病の患者さんの凍結保存してあった白血病細胞を用いた解析でも、同様にアスパラギン合成酵素遺伝子のメチル化状態がアスパラギナーゼ感受性と相関することが確認されました。
急性リンパ性白血病の治療成績は、白血病細胞の持つ染色体異常のタイプと強く関連していることが知られています。そこで、白血病細胞の染色体異常とアスパラギン合成酵素遺伝子のメチル化状態との関連性を解析しました。まず、スウェーデンのUppsala大学がデータベースを構築している、北欧諸国で診断された急性リンパ性白血病の小児患者663症例を共同で解析しました。その結果、治療成績が良好とされる染色体異常を持つ白血病では、2つもしくは1つのアスパラギン合成酵素遺伝子がメチル化を受けている症例の割合が高かったのに対し、治療成績が不良とされる染色体異常を持つ白血病では、2つのアスパラギン合成酵素遺伝子がいずれも非メチル化状態にあることが明らかになりました(図)。同様の関連性は、アメリカの症例と東京小児がん研究グループの症例のデータベースにおいても確認されました。
遺伝子は、受精の際に父親と母親からそれぞれ1つずつが受け継がれています。急性リンパ性白血病細胞において観察された、アスパラギン合成酵素遺伝子のメチル化は、2つの遺伝子の両方もしくは片方の発現調整領域にあるCpGアイランドが完全にメチル化を受けていました。これは、がん細胞で認められる通常のメチル化状態と比較して極めて強いメチル化状態でした。このような完全なメチル化状態は、発生の過程におけるゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み現象)でみられる特徴です。アスパラギン合成酵素遺伝子は、第7番染色体の長腕21領域にありますが、その近傍にはインプリンティングを受けることが知られているPEG10遺伝子が存在します。PEG10遺伝子は、1億4000万年ほど昔に、カモノハシのような単孔類から哺乳類が進化して胎盤形成できるようになった段階で獲得したウイルス由来の遺伝子です。実際に、マウスのPeg10 遺伝子を破壊すると、胎盤が形成されずに受精後の早期に胎児が死亡してしまうことが報告されています。
PEG10遺伝子は、母親由来の遺伝子のみがインプリンティングを受けて不活性化されます。ところが、白血病細胞においてアスパラギン合成酵素遺伝子がメチル化を受けている場合には、2つのPEG10遺伝子が両方とも完全にメチル化を受けていることが、細胞株でも臨床検体でも確認されました。また、英国のWellcome Sanger研究所と広島大学原爆放射線医科学研究所とから提供を受けて解析した、マウスにおけるヒト急性リンパ性白血病のモデルの白血病細胞でも、アスパラギン合成酵素遺伝子がPeg10遺伝子とともに染色体異常に関連してメチル化を受けていることも確認できました。したがって、白血病細胞におけるアスパラギン合成酵素遺伝子のメチル化は、PEG10遺伝子の過剰なインプリンティングに伴って起こる現象である可能性が示唆されました。インプリンティングが、がん細胞の薬剤感受性に関与しているという知見は、これまでに例のない発見です。今後の展開
それぞれの患者さんの白血病細胞におけるアスパラギン合成酵素遺伝子のメチル化状態を治療に先立って知ることで、より効率的な化学療法を計画できる可能性が示唆されます。具体的には、アスパラギナーゼに対して高い感受性が望める高メチル化の症例では、アスパラギナーゼ以外の治療薬を減量しても治療成績が維持される可能性があり、治療負担を軽減できるかもしれません。反対に、低濃度のアスパラギナーゼでは効果を得がたい非メチル化状態の症例では、より強化された高用量のアスパラギナーゼを用いることが特に有効かもしれません。今回の発見を、こうした個別化治療へと発展させることで、より安全で効果的な治療法の確立につながることが期待されます。問合わせ先 :
〒409-3898 山梨件中央市下河東1110 山梨大学小児科学講座
電話番号 055-273-9606, FAX番号 055-273-6745論文筆頭著者 渡邊 敦 (山梨大学小児科学講座特任助教)
論文第二著者 三宅 邦夫 (山梨大学社会医学講座准教授)
論文責任著者 犬飼 岳史 (山梨大学小児科学講座教授)アスパラギナーゼは、細胞の生存に必要なアミノ酸であるアスパラギンを分解する抗白血病薬です。予後不良な染色体異常をもつ白血病細胞では、アスパラギン合成酵素がアスパラギンを再合成して治療抵抗性を示します。一方、予後良好な染色体異常を持つ白血病細胞では、アスパラギン合成酵素の遺伝子がメチル化によって不活性化されています。このため、アスパラギンが枯渇して白血病細胞に細胞死が誘導されて、強い抗白血病効果が得られます。
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