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■1.山梨大学医学部小児科、研修体験記■
魅惑の
一般病院研修


平成21年度入局

S.F.

 初期研修の2年間は大学病院で研修を行い、今年から小児科1年目の研修として山梨県立中央病院小児科で忙しくも楽しい日々を送っています。県立中央病院には現在、私を含め5人の小児科所属の医師と、6人の新生児科所属の小児科医がいます。……[全文を見る](入局1年目・記)

子ども達に
未来を!

平成15年度入局
K.I

 農学部大学院で分子遺伝学を学んだ後、医学部に編入しました。
 出身は本学ではないのですが、ここの医局を選んだ理由は、小児白血病研究の基盤が確立されていたからです。
 医師として、加えて前大学で学んだ知識と技術を基に疾患の克服に貢献できればと、研究に、そして後輩の医師や学生たちと臨床に打ち込んでいます……[全文を見る](入局3年目・記)

山梨よ! 私は
帰ってきた!!

平成14年度入局
U.A
 入局4年目のU.A.です。
 私は山梨で生まれ育ち、東京女子医大で医学を学びました。小児科を志したのは臨床実習の時期でした。
 人間形成の重要な時期に位置し、将来を担う子供たちが、健やかに成長発達していく姿を見守り、お手伝いできればという想いから、この道に進みました。
 自分が育った山梨での医療に携わりたいと考えていたため、この教室に入局することを決めました……[全文を見る](入局4年目・記)

後期研修病院の紹介
-クリニカルパスを導入してEBMに
基づく小児医療を
実践する-

平成14年度入局

M.Y
 私は山梨大学医学部を卒業後に都内の一般病院での2年間の初期臨床研修を経て当科に入局し、小児科医として今年で6年目になります。現在、勤務している富士吉田市立病院(中略)小児科は、私を含め部長以下3名の体制で、地域の中核病院としての役割を果たしています。大学病院や県立中央病院などと地理的にやや離れているため、一部の疾患を除き、重篤な疾患にも対応……[全文を見る](入局6年目・記)

どうして
小児科医に
なろうと
思ったの?

憧れの
小児科の先生
めざして

平成13年度入局
K.H
 僕は2歳の頃から気管支喘息で入退院を繰り返し、かかりつけの小児科の先生には昼夜を問わずお世話になっていました。 そんなわけで小学校に入った頃からその主治医の先生に憧れて小児科医を目指すようになりました。
 医大に入学してから他科と迷った時期もありましたが、結局は自分がそうだった様に「先生のような小児科医になりたい」といってくれる子供が1人でも現れてくれたらいいなと思い小児科に入局することを決めました……[全文を見る](入局5年目・記)

学位を取得して

平成12年度入局

A.K
 A.K.です。入局6年目になります。
 今は大学で診療をするかたわら、大学院生として研究活動を行っています。具体的には、白血病細胞の表面抗原発現の分子生物学的な機序の解明や、細胞障害因子感受性の解析を、細胞株を用いて検討しています。大学院は今年で4年目になり、これまでの成果をアメリカ血液学会や学位申請の場で発表したり、論文にしたり、と忙しい毎日です……
[全文を見る](入局6年目・記)

後期研修病院の紹介
-こどもの笑顔をやりがいに楽しく働き学ぶ-

平成12年度入局

H.S
 私の勤務する山梨赤十字病院は富士北麓地域の基幹病院のひとつで、(中略)重症症例や珍しい疾患に出会うこともしばしばありますが、お互いによく相談できるので安心して働けます。そして月3回の地域の乳児健診や、2ヶ月に1回の母親学級での予防接種の講義や養護学校での検診など、院外の保健活動も小児科医としてやりがいを感ずる場面になっています。……[全文を見る](入局8年目・記)

おかげさまで
小児血液学会賞
を受賞
できました!


平成11年度入局

古市嘉行.

 富士河口湖町にある山梨赤十字病院に勤務しながら、週1回の研究日に白血病細胞が化学療法に耐性を示す機序の解析を長きに渡り続けてきました。投げ出しそうになることもありましたが、実験結果に共に悩み、喜んで下さった杉田完爾教授に励まされ、実験助手の加賀美恵子さんには惜しみない協力をして頂き、栄えある第1回日本小児血液学会賞を受賞することができました。……[全文を見る](入局10年目・記)

日本
小児 神経学会
専門医を
取得して


平成10年度入局

G.Y.

 私が入局したのは8年前になります。大学で研修した後、地域密着型病院や県外の小児病院、山梨の中核拠点病院に出向して様々な立場から小児科医として勤務してきました。また、小児神経が医学部進学の動機でしたので週に一度の研究日には相原講師や関連病院にいる10人以上の神経班のドクターとともに大学の神経外来も担当させてもらいました……[全文を見る](入局8年目・記)

後期研修病院の紹介
-地域の病院らしい小回りの利く医療を実践-

平成10年度入局

山梨厚生病院

Y.D.

 こんにちは。私は小児科医になって10年目になります。10年目というと中堅〜ベテラン、というイメージがあるかもしれませんが、自分ではまだまだ未熟で日々勉強の毎日です。さて、山梨厚生病院は東山梨地区の拠点病院として現在4人の小児科常勤医がいますが、私は学年的には下から2番目になります。この紹介文では私の目から見た病院の様子をざっくばらんに書いてみたいと思います。……[全文を見る](入局10年目・記)

山梨で小児呼吸器の領域を拓く

平成10年度入局

S.T.

 私は現在大学院に所属しながら、おもに小児呼吸器の分野を担当しています。(中略)9年目から大学院生として研究の傍ら呼吸器の分野を担当し、気管支・喉頭ファイバー検査を年間に100件弱行なっていますが、これは国内の小児科施設の中でもかなり多いほうだと自負しています。また、関連病院からコンサルトがあれば、気管支ファイバーを携えて出張診察もしていて、毎日が大変に充実しています。……[全文を見る](入局10年目・記)

小児科後期研修病院の紹介
-主治医制をとらずに皆で知恵を出し合う診療体制-

平成9年度入局

市立甲府病院

S.H.

 卒業して10年が過ぎましたがまだまだ勉強中です。これまでに、いくつかの病院に勤務しましたが、いろいろな人と働き、学ぶことが多いと感じる日々です。そんな私が現在働いている市立甲府病院について紹介いたします。
 ここでは、信州大学と山梨大学から派遣された5名の小児科医が、協力して入院・外来の患者さんを診ています。したがって、異なる体制で研修をしてきた方々との仕事は、大いに……
[全文を見る](入局11年目・記)

ありがとう
集約化!

-わが生活はヴァンフォーレ甲府とともにあり-

平成元年度入局

山梨厚生病院

小林浩司.

 私は現在、山梨厚生病院小児科で医長として働いています。小児科医となって19年、以前の私は二人体制の関連病院の医長として、若き医師とともに厳しい中にも楽しさと緊張感のある日常生活を送ってきました。一方で、家族サービスもままならず、休日も心から安心して過ごすことはできませんでした。しかし、……
[全文を見る](入局19年目・記)

大学病院と地域
の基幹病院の
両方を経験して


平成元年度入局

てづかこどもクリニック

手塚 徹.

 4期生として本学を卒業し、元々小児科を希望していて迷うことなく入局してから約20年が経ちます。(中略)大学は、縦のつながりが強く少し煩わしい部分もありますが、医者としての教育の面で考えると、厳しくそして優しく指導をしてくれるところだと思います。関連病院をローテーションすることで大学のバックがありながら色々な経験を積むことが……[全文を見る](入局19年目・記)




■2.女性小児科医師を目指している皆さんへ■

 

 社会情勢の変化に伴い、女性医師を巡る環境は年々変化してきています。
 特に小児科においては、診療の対象となるお子様や保護者の皆様のニーズにより、その重要性が益々高まっています。
 当教室では、開局以来、女性小児科医師の育成と、地位向上に様々な取り組みを続けてまいりました。
このページでは、現在様々な立場から子ども達に関わっている女性小児科医師の活躍ぶりを紹介いたします。

 
ワーク・シェア
体験中
-家族との時間を確保しながら小児科医として働く充実感を味わう-

加納岩総合病院

M.K

 私は平成4年に山梨大学医学部を卒業し、実家に近い東京都内の大学病院の小児科に入局して2年間の研修を行ないましたが、結婚を機に再び山梨に戻り、平成6年10月に本大学小児科に入局しました。出産前は常勤で働いていましたが、二人の息子を出産後は、レジデントや非常勤勤務などをしていました。 平成18年9月から、加納岩総合病院小児科で、やはり子育て中の女性医師と二人でワーク・シェア形式で仕事をしています。……[全文を見る]

悩める母と
子のために


小児神経グループ

K.Y

 入局14年目になります。14年というと一回り以上になってしまいますが、私にとってはあっという間でした。 大学を卒業し2年間の臨床研修の後、大学院に入学し、小児神経専門医を目指しながら学位も取得することができました。 その後2年間の国内留学、一般病院での勤務を経てアメリカコネチカット州に留学し、昨年帰国しました。 現在は小児科、小児神経科、てんかん専門医として診療、研究に従事する一方、1児の母として子育て奮闘中です……[全文を見る]

 

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